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広島高等裁判所岡山支部 昭和26年(ネ)94号 判決

控訴代理人は「原判決を取り消す、被控訴人が昭和二十五年九月二十日附書面を以て控訴人に対してした退学処分はこれを取り消す、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(各立証省略)

三、理  由

控訴人が昭和二十五年五月一日岡山県立矢掛高等学校から同笠岡高等学校に転校し、同校第二学年に在学中、被控訴人が同年六月一日控訴人に家庭謹慎を命じ、その後同年九月三十日附書面を以て同人を退学処分にしたことは、当事者間に争がない。

控訴人は右退学処分が(一)事実に反し(二)著しく不公平でかつ過重であること(三)二重の処分であることを理由に違法であると主張するのに対し、被控訴人は右主張は裁量権の範囲を超えた違法の処分であるというのではなく、ただ処分の当否を争うに帰し、抗告訴訟の対象とならないと反ばくするけれども、もし退学処分が著しく社会通念に反して不当である場合は、それが被控訴人の主張するように一見明瞭の場合であると否とを問わず、裁量権の範囲を超えた違法のものとなることは多言を要しないところであつて、本件処分が控訴人主張のように前記(一)(二)(三)の事由ありとすれば、それは被控訴人の裁量権の範囲を超え著しく社会通念に反する不当なもので無効な処分となるから、この点に関する被控訴人の主張は理由がない。

よつて右(一)(二)(三)の事由があるがどうかについて判断する。

(一)  退学処分の理由が事実に反するかどうか。

本件退学処分は控訴人が岡山県立高等学校規則(昭和二十五年六月二日岡山県教育委員会規則第七号)第二十四条第一項第一号所定の(1)「性行不良で改善の見込がないと認められる者」、同第二号所定の(2)「学力劣等で成業の見込がないと認められる者」に該当するとの理由でなされたこと及びこの処分前に控訴人には、いわゆるラジオ事件と喫煙事件があり、このため同人は昭和二十五年六月一日家庭謹慎を命ぜられたことは当事者間に争がない。

(1)  控訴人はラジオ事件は控訴人がラジオに興味を持つていたための一時の悪戲であり、喫煙事件は情状軽微なもので、社会の通念に照し未だこの程度では改善の見込がない程の性行不良者とはいえないと主張するのに対し、被控訴人は、本件退学処分はただ右二事件だけを理由としたのでなく、この事件を被控訴人がとり上げた前後の控訴人の所為は極めて悪竦で何等改悛の情なく、かえつて反抗的態度に出る等諸般の事情を参酌したので、少しも違法の点はないと抗争するのでこの点について検討する。

控訴人が冒頭掲記の転校する際の経緯については、原判決理由三(一)(1)記載の通りであるからこれを引用する。ところが一ケ月も経たないうちに喫煙事件があり又ラジオ事件で控訴人が警察署等で取調を受ける事態が生じたので、控訴人の学級主任高田哲夫、生徒課井口幾次郎が控訴人を取り調べたところ、同人は殆んど黙つていてその態度は強情で改悛の情は少しも見られず、かような態度であつては本校では同人の教育はできないとの感を取調の教官に懐かせたことは、原審証人高田哲夫、井口幾次郎、菅田己義の証言により明かであつて、控訴人は原審の本人尋問でこれに関し弁解しているけれども、該供述によつては右認定を覆えすことはできず、他にこれを左右するに足る証拠はない。

そして原証人篠井孝夫、原審並びに当審の被控訴人本人尋問の結果によれば、学校としては取敢えず、前記のように六月一日控訴人に家庭謹慎を命じて反省の機会を待つていたが、更に協議の結果、本人の前途を考慮して七月一日右処分を解き、その代り八月末日までに自主退学するか或は転校すること、もしこれに応じないときは退学処分にすべき旨を控訴人とその父時一郎に申渡し、同人等もこれを諒としていたところ、八月末になると、時一郎から被控訴人宛に、「目下転校手続中であるが何分の決定あるまで登校を許されたい」との手紙がきたので、被控訴人はこれを拒絶したところ、控訴人は九月一日から登校するので、篠井部長や被控訴人等は直に帰宅する様命じたが、控訴人は「父が行けと言つたから来た」といつて、これに応ぜず、父時一郎の出頭を求めて事情を尋ねたのに対し、同人は「そのことは言う限りではない、奎吾は学校に来る権利がある、転校ができるまで出校させよ」と強硬に主張してやまず、学校としては退学処分を九月三十日まで待つこととしたところ、九月二十九日時一郎は被控訴人に面会を求め、自発的に退学させるというので、届書に押印を求めたに対し「学校が強要するから退学させるので、印が要るなら勝手に押せ」といつて印鑑を投げ出す始末に、被控訴人としてもやむなく先の決定通り九月三十日附で本件退学処分に及んだことが認められ、右認定に反する原審並に当審の梶田時一郎の本人尋問の結果は措信できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右事実認定の下で控訴人が前記規則にいう「性行不良で改善の見込がないと認められる者」に該当するかどうかにつき考えてみると、およそ教育は人格の完成を目ざして心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならないことは教育基本法第一条の規定をまつまでもないことであつて、未完成な人格者を育成するためには時に懲戒をも加えなければならないことは、民法第八百二十二条学校教育法第十二条の規定により明かである。従つてそれは教育の目的達成のために行われるもので、通常団体内部の規律保持のためにする懲戒とは趣を異にするものといわざるを得ない。それ故、教育者、殊にその専門家である校長及び教官の行う懲戒については、教育という専門技術的な立場から先ずその当否が検討されねばならぬのであつて、それが明かに度を失し、社会通念上とうてい容認できないような不当な場合に始めて違法なものとして裁判所で取り消すべきものと解するのを相当とする。ひるがえつて本件の場合を考えてみると前記認定事実の下で被控訴人が控訴人を「性行不良で改善の見込がない者」と認定したからといつて、未だ以て社会通念上その度を失したものとは認められないから、この点に関する控訴人の主張は採用できない。

(2)  控訴人が「学力劣等で成業の見込がない者」に該当するかどうかにつき、成立に争のない乙第一号証と甲第五号証とを対照してみると、被訴人提出の証拠によつても、控訴人が学力劣等の故のみで退学処分を受けなければならぬ程の劣等者とは認め難いけれども、前記井口幾次郎、篠井孝夫、高田哲夫の証言、被控訴人の本人尋問の結果を綜合すれば、原判決理由三(一)(2)のような事実のあることが、右(1)の退学事由を強めこそすれ弱める事由となつたものでないこと、換言すれば学業の成績も甚だ芳しくない控訴人に前記(1)のような事情があることとて、教育者としてとうていこれを育成することができないとして本件処分に及んだことが肯定できるから、学力の点に関する控訴人の主張を容れるとしても、控訴人の主張するように、本件退学事由が全然事実に反し、前記規則所定の場合にあたらないとはいわれない。

従つて(一)に関する控訴人の主張は採用しない。

(二)  処分が著しく不公平でかつ過重であるかどうか。

この点については原判決理由(二)を引用する。そして、その認定は当審で提出した控訴人の証拠方法によつてもこれを覆えすことはできない。しかも控訴人は家庭謹慎によつて反省の色を示さないばかりでなく、前記(一)(1)に認定したように父子共に反抗的態度に出たため、被控訴人はこれらの事情と前記(一)(1)(2)の事実とを綜合して、やむなく控訴人を本件退学処分に付したことは、前段認定の通りであつて、しかもそれが前示のように教育という専門技術的な立場からなされたものであることを考えると、本件退学処分が社会通念に反する程不公平かつ過重なものと即断することができないから、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

(三)  二重処分となるかどうか。

控訴人は被控訴人が昭和二十五年六月一日家庭謹慎を命じ、次いで同年九月三十日本件退学処分に付したことは、いわば二重の刑罰を科したものであると主張するけれども、両者の間には、前記のように控訴人等に反省の色の見えない事実があつて、後の処分は控訴人が前の処置を受けるまでにした行状だけについてなされたのでなく、その後の控訴人等の態度がその因を為しているのだから、本件退学処分は必ずしも二重処分とはいえない。のみならず、家庭謹慎といい、退学処分というも、それは、被教育者の教育のために行われる制裁であつて、刑罰でないことは勿論、通常団体内部の秩序維持のためその構成員に科する処罰ともその趣を異にすることは先に説示した通りであるから、一の懲戒方法を採ても、所期の目的を達しない以上更に他の方法を撰ぶことは敢て妨げないものと解するのを相当とする。それは学校教育法が国家公務員法や弁護士法のように懲戒の種類を規定していないばかりでなく、岡山県立高等学校規則にも前記第二十四条に退学を命じ得る場合についてのみ規定し、その他の懲戒方法に何等触れていない点からしても明かである。

以上の理由により民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 三宅芳郎 佐藤清 裁判官大賀遼作は填補を解かれ、帰任したので署名押印することができない。裁判官 三宅芳郎)

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